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2008年06月19日

秋葉原の事件を契機に、「人材派遣業=ピンハネ搾取業」という認識が、一気に広まりつつある

東京の秋葉原で痛ましい事件が発生してしまいました。

お亡くなりになられた方々には、その無念さを考えると言葉も見つかりません。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

先日、30代~40代の若手経営者が集まり情報交換をし、日々の経営姿勢を反省・改善する場がありました。わからないところや到らない部分は、先輩経営者たちに相談したり、指導を受けたりもします。かなりまじめな姿勢、かつ真剣な場でした。

その場で話題になったもののひとつが、先日の秋葉原での無差別通り魔殺人事件です。

画像の確認


老若男女50人くらいの第一線のまじめかつ前向きな経営者たちが集まったのですが、全員が異口同音に「同じような事件がまた起こる可能性が高い」というのです。

この感覚は、なにも彼らだけの所感ではなく、社会全体の感覚ではないでしょうか。

そして、今回の事件で特徴的なのは、「加害者もまた被害者である」「こんな事件が、決して一度ではなく何度も起こる社会になってしまった」という感覚です。

「彼をあそこまで追い詰めた人材派遣業をはじめとする社会制度も悪いのではないか」「小泉・竹中の政治経済背策による悪法・悪性度を黙認している社会全体にも責任があるのではないか」という社会全体に向けられた眼差しです。

もっと言えば、背後には、アメリカの日本に対する影響力が、日本の社会をこのような状況に追い込んでいるのではないかという視点です。

もちろん、だからといって容疑者が犯した罪が許されるということはありません。

しかし、これらの声は、多数の人たちから挙がっていたのです。

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若い世代が多数いる会社の、若い経営者たちの集まりだけあって、若者たちの感覚には敏感です。同世代感覚です。

実際、その場にいた経営者たちが所属する会社の従業員や、アルバイトなど関係する若者たちと言う意味では、数万人規模になると思います。ですから、それら多数の若者たちの声を代弁していると考えていいのではないかと思います。

実際、先日あった経営者の集まりの場でも「人材派遣業というのは何だかんだ言っても“ピンハネ”業でしょ」という声が、他の経営者たちから多数ありました。そして、人材派遣業を営む経営者たちや、そこで働く正社員たちも、本音の部分では同様なことを思っているというのです。

小泉政権時代に、法律が変わって製造業まで認められたのが大きかった、ラッキーだったと言っていました。

そして、先日の場にはいませんが、酷い経営者になるとそのピンハネした金を毎晩のように六本木や銀座などの盛り場での豪遊に浪費をして、後先も考えない経営をしているとのことです。

従業員や会社を下支えしてくれている現場に派遣される人たちのことなど微塵も考えない経営者も多数いるのが、人材派遣の業界であるとのことです。

もちろん、いかなる理由があろうとも、人を殺していい道理はないし、お亡くなりになられた方々の無念を思うと、本当にお悔やみを申し上げることしかできません。

しかし、容疑者の

「人生に疲れた。生活に疲れた」とか「生きるのに疲れた」という発信や、
「世の中が嫌になった」とか「社会が悪い」

という言葉を責めきれないというか、共感を覚えた若者たちが多いのも現実です。

そして、容疑者も非常にかわいそうな若者であるという感覚持つ若者が多いのもまた、今の日本の厳しい現実なのです。

若者が起こす無差別殺人事件は、発生するたびにテレビ・新聞・週刊誌などのマスコミが一斉に取り上げて、メディアスクラムが発生してきました。そして、このことの問題性は、類ネットでも度々取り上げられてきました。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=178904

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=178800

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=178590

マスコミも視聴率や売り上げだけを追求するのではなく、社会的な共認を形成する重責を担っているのだから、そのことをもう少し意識して、社会に眼差しを向けたらどうだろうかと思います。

精神分析医や学者、文化人などのコメンテーターの分析でお茶を濁すのではなく、本格的な取り組みが、今の日本社会全体から強く求められているのではないでしょうか。

コメント

第二次大戦後、満州、朝鮮半島から死線を越えて帰還した方も憂えています。

******* 以下引用 ********
テレビが「秋葉原の通り魔事件」、新聞は「秋葉原の無差別殺傷事件」、事件発生以来繰り返されるこの事件報道の導入の常套句が、「通り魔」とか「無差別殺人」だ。
 「通り魔」とか「無差別殺人」という言葉から、われわれは、多くの犠牲者の悲運を、毎日思い起こし、一人の青年の道理に合わない行動と動機について、毎日注意を喚起される。そして、事件が特殊な人間による偶発事件だという、固定観念をすり込まれているのではないか。

 しかし、これは、衝動的な殺人マニアが起こした偶発事件だとは思えない。普通の青年が、自分を差別する蟻地獄のような社会に次第に抵抗力を失っていき、激しい社会への憎悪を殺人という形でしか表現出来なかった、常識では見当はずれながら、本人にとっては命がけの抗議のコミュニケーション行為だったのではないか。

 犯人が「キレタ」背景に、ケータイの「掲示板」への異常な回数の書き込みを無視されて、逆に犯人の孤独感を募らせ、世間への憎悪をかきたてられた事情が浮かんできた。
 コミュニケーション手段であるはずのケータイが、コミュニケーションを拒絶する手段になり、一人の青年を追い込んだとしたら、ことは重大だ。

 ニュースによれば、犯人の掲示板の書き込みには、はじめは忠告や励ましの書き込みがあったという。しかし、青年はこうした書き込みに、「ぼくが努力が足りないというのか」と逆に反感をあらわにしたという。 
 彼のコミュニケーション拒絶の根底には、努力しても報われなかった度重なる体験から鬱積した、格差社会への絶望、自分と周囲へ絶望が横たわっていると見るべきだろう。

 「格差」という名の「差別」への、彼の抗議の声を聞きとるべきは、第一に為政者であり、そしてわれわれだ。
 犠牲になられた方々に向けられた憎悪は、犯人の「コミュニケーションの拒絶」、言い換えれば、社会の側の彼との「コミュニケーションの失敗」が大きな要因になっているような気がしてならない。
http://www.janjanblog.jp/user/sakuragi7ro/sakuragi7ro/
*********引用END********

インチキ宗教ビジネスの溢れる社会で正しい教えに接する機会もない若者が、愚民化TV・ITコンテンツに洗脳されてニュースで狂ったピエロを演じる、そんな社会は「生きるに値する社会」と呼べるのでしょうか。無関心が賞賛される社会は優れた社会でしょうか。

★救世主イエス曰く「弔いの歌を唄ったのに誰も踊ってくれない・・・・」

  

  • 三国民 2008年06月19日 20:36

コメントを入力してください
と言うより以前の日本では人材派遣やサラ金は人の上前を撥ねて生きる卑しい職業として蔑まれてたんですがね。
ヤクザのフロント企業ですしね。
彼らが急に市民権を得たようにのさばり出したのはここ10年くらいの事じゃないでしょうかね。
これにはマスコミによる刷り込みが大きいでしょうね。
それに反するように額に汗して働く事を蔑む風潮もメディアが先導して来ました。
とにかく今のマスメディアは日本に取って百害あって一利なしと言えるでしょうね。
例の事件でも若者批判や加藤容疑者の人格批判にすり替えてそんな若者を生み出した社会的背景やメディアを含めた支配層の責任からは目を逸らそうとしていますからね。
かつての日本のメディアはこうじゃなかったんですがね・・・
かならずその社会的背景にメスを入れてたもんですが。
政権や大資本やヤクザの提灯持ちをマスメディアがするようになればその国は終わりです罠。


  • ななし 2008年06月20日 03:12

コメントを入力してください
派遣業によるピンはね率が高すぎるのも問題です。
平均で40%を超えるそうですから。
元請けから出ている金は以前と変わりませんから人の弱みに付け込んでピンはね率を増やしてるんですね。
欧米並みの同一労働・同一賃金とまでは言いませんが、ピンはね率を欧米並みに規制するくらいはすぐにでもできるでしょうに。
これなら企業側や政府が言うようにコストアップも避けられますし、労働者にとっても得であります。
更にその分個人消費も増えるでしょうからマクロ経済にとってもプラスです。
トヨタの車も売れるかも知れませんねw
損をするのはヤクザな口入屋だけですw

  • ななし 2008年06月20日 03:38

優秀なエリート経済官僚(将棋好きで子煩悩のプチブル小市民?)もブログで関連問題を憂えています。
*********以下引用*********
....
今日の朝日新聞の夕刊で自殺に関する記事が取り上げられていました。上のグラフを引用した記事です。まず、この記事を朝日新聞のサイトから最初のパラだけ引用すると以下の通りです。
....

痛ましい結果だと思います。最初のグラフに示されている通り、自殺者のうち、原因・動機を特定できた2万3209人を見ると、健康問題が1万4684人で最も多く、経済・生活問題が7318人、家庭問題が3751人、勤務問題が2207人と続いています。経済・生活問題と勤務問題を合計すると1万人近くになります。ある意味では、これらは経済問題と分類できると思わないでもありません。
....

今日発表のデータは含まれていませんが、少し前に私が作成したグラフが上の通りです。経済成長率が左目盛りの赤い棒グラフ、男性の自殺率が右目盛りの青い折れ線グラフで示してあります。エコノミストの目から見るのが正しい問題の把握につながるかどうかは少し自信がありませんが、それでも、バブル経済を謳歌した1980年代後半には自殺率が低下し、バブル崩壊とともにジワジワと上昇を示した後、山一證券の破綻などの金融危機があった直後の1998年に大きく急上昇しているのが見て取れると思います。その後、力強さに欠ける経済成長が続いて、自殺率はなかなか低下してくれません。なお、東京新聞のサイトに見られるグラフでは、なぜか、女性の自殺者は1998年の急上昇が見られません。男性の方に経済的な負担が大きいのかもしれません。それから、別の観点なんですが、同時に発表された硫化水素による自殺は、今年1-5月で489件、517人にのぼり、昨年1年間の27件、29人から急増しているようです。報道でもよく見かけるように思わないでもありません。

10年連続で3万人を超えた自殺は大きな社会問題ですが、残念ながら、私にはそれほどの知見はありません。しかし、経済社会環境を改善することは微力かもしれませんが、自殺を減少させる効果があるんではないかと思わないでもありません。今夜のタイトルの疑問文に対しては、"Partly, it does." であると信じたいと思います。その意味で、今夜のエントリーは「経済評論の日記」に分類しておきます。

http://pokemon.at.webry.info/
*********引用END*******

弱肉強食市場の強者になれると思った途端に「自己責任論」を奉り、同胞である弱者と貧者を異民族・マイノリティであるかのように黙殺する(Wall Street主義者の)民間経済エリートとは異なり、官界経済エリートは「共感能力」が欠如しているだけの準善人かも知れない。

政治的には「公社共自エンド」の時代、「真の無党派」の時代が来なければ、国家官僚は本当に街の犠牲者の痛みを自己の良心の疼きとすることもない・・・なぜなら、「公社共自」の本質はエリート・能力主義だから・・・(プラス、タレント/役者崇拝か)・・・。

「公社共自」の組織関係者がネットで「無党派市民」を演じなければならないことこそが、彼らの看板が若者救済と悲劇の防止に何の役にも立たないことを証明している。

★救世主イエス曰く、「何かも捨てて(組織と肩書きを捨てて)、私に従いなさい・・・」


  • 五国民 2008年06月20日 13:47

三国民さん、コメントありがとうございます。

>事件が特殊な人間による偶発事件だという、固定観念をすり込まれているのではないか。しかし、これは、衝動的な殺人マニアが起こした偶発事件だとは思えない。普通の青年が、自分を差別する蟻地獄のような社会に次第に抵抗力を失っていき、激しい社会への憎悪を殺人という形でしか表現出来なかった、常識では見当はずれながら、本人にとっては命がけの抗議のコミュニケーション行為だったのではないか

確かに、刷り込まれてますね。ご指摘のとおりだと思います。「命がけの抗議のコミュニケーション行為」という言葉の意味やメッセージは大きいですね。

>彼のコミュニケーション拒絶の根底には、努力しても報われなかった度重なる体験から鬱積した、格差社会への絶望、自分と周囲へ絶望が横たわっていると見るべきだろう。

私も、この問題意識からこのエントリーを発信させていただきました。これからも、みんなでいっしょに、若者の問題について継続して考えていきましょう。

  • 霜月 2008年06月21日 05:26

コメントありがとうございます。

>彼らが急に市民権を得たようにのさばり出したのはここ10年くらいの事じゃないでしょうかね。これにはマスコミによる刷り込みが大きいでしょうね。それに反するように額に汗して働く事を蔑む風潮もメディアが先導して来ました。とにかく今のマスメディアは日本に取って百害あって一利なしと言えるでしょうね。

マスコミによる誤った先導がもたらす日本社会へのマイナスを一度棚卸してみる必要がありそうですね。

>派遣業によるピンはね率が高すぎるのも問題です。平均で40%を超えるそうですから。

食事や住まい、光熱費などからもピンハネされるようです。なかには、布団や毛布、衣服にいたるまで搾取の手段になっているようです。とても同じ人間に対する仕打ちとは思えませんね。

  • 霜月 2008年06月21日 05:39

大学教授という最も思い上がりやすい職業ではあるが、漫画原作者としても世に出ている方が「永山則夫」との関連で事件を考察しています。

********* 以下引用 *********

 「永山は中学卒業後、集団就職で青森から上京した。このころ、大学生たちが少年マガジンを読み、アングラ劇団が始まった。つまり、サブカルチャーが生まれた。永山は職を転々とした後、新宿でジャズバーの店員となった」・・・

「永山が幼いころから家出を繰り返し、母親から『捨てられた』ことに拘泥する姿も、彼と重なりあう」・・・

「永山の時代と今が『変わった』とすれば、事件を受け止める側に『社会の責任』という感覚が希薄化したことに尽きます。メディアの報道は、心の闇という決まり文句を繰り返し、直接的な原因をサブカルチャーに求め、自己責任として個人の厳罰化を叫んできた。しかし、派遣労働者の問題は『社会問題』で、そのような『社会』を容認してきたのは誰なのか。今日ではさすがに考え込まずにはいられなくなっている」・・・

「彼は自分であることの不安や、社会が実感できない不安に耐えかねていたのでしょう。自分だけの言葉で『誰かぼくの声を聞いてくれ』では誰にも届かない。彼は他者と会話する言葉を使うことができず、返事がこない孤独に耐えることができなかった。そして、返信する側も彼を受け入れることができなかった」・・・

「加害者を生んでしまったことに、私たちの責任はないだろうか。かつて繰り返された問いをもう一度真摯(しんし)に考える時期に来ています。加害者の責任の一端を担う社会の枠組みをもう一度復興できるかが問われている。労働格差に悩む若い人の間で、蟹工船が読まれる時代なのです」・・・

「難しいことじゃない。見知らぬ誰かと話すことから始めればいい。アキバは本来、それが可能な街だったはずです」・・・

 ◇東京都大田区、会社員の女性(23)
 「思春期の挫折は誰にでもある。私が彼と違うのは、周りの人が力になってくれたことかな」

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080617dde012040012000c.html
********** 引用END **********

大学教授としてカネとプライドをゲット、漫画原作者として遊び心も満たして、まさに経済大国の恩恵に満ちた生活をおくっている現代社会の勝ち組も、「加藤君のような若者に悪影響を与えるからエリート職業である大学教授もやめよう、漫画の原作もやめよう、アキバ称賛もやめよう、加藤君のようにフリーターとなって苦労を共にしよう」と考えてほしいものです。

書斎で「蟹工船」や「無知の涙」を読んで何の役に立つ、と考えるべきです。

社会競争の敗者が演じる(赦し難い)惨劇を高見から論評する者が多すぎる。要するに、敗者を笑っているのです。

「競争・格差社会ではこういう事件も起こり得る」ということも分からない人間が勝者(政党幹部や大学教授、一流メディアの社員)になれるわけがない。分かっていて、笑っていると思われてもしようがない。なぜなら、私財を投げ打ってでもこの問題を解決しようとしないのだから。

あとは、事件をどう利用するか、どうコメントするか、というだけの勝者・エリートが多すぎる。まず、自分もフリーターになることです。

大学教授をやめて。政党の幹部をやめて。新聞記者をやめて。自動車の組み立て工場の臨時工員を体験することです。鎌田慧氏のように。


■ブッダの教え: 「彼は我を罵った。彼は我を害した。彼は我にうち勝った。彼は我から強奪した」という思いをいだかない人には、ついに怨みが止む (従って、報復に狂うこともない)。

  • 九国民 2008年06月21日 11:31

現代の仕事が活力を与えるわけでもない、それに変わる社会期待もないということから猟奇てきな殺人が起こるように感じます。搾取する金貸しも、それを許す社会システムが、大量殺人をする人を生み出しているとすると、誰かが出はなく、自分達の手で変えていかないといけないですね。

  • shijimi 2008年06月24日 23:11

コメントありがとうございます。

>「競争・格差社会ではこういう事件も起こり得る」

>搾取する金貸しも、それを許す社会システムが、大量殺人をする人を生み出しているとすると、誰かが出はなく、自分達の手で変えていかないといけないですね。

確かに、今求められているのは、事件を起こした個人の成長過程や家庭環境を詮索しても答えは見えてこないでしょう。広く社会全体に対する視点が必要とされていると思います。

>社会競争の敗者が演じる(赦し難い)惨劇を高見から論評する者が多すぎる。
>事件をどう利用するか、どうコメントするか、というだけの勝者・エリートが多すぎる。

マスコミや現在の社会システムに変革が難しいのであれば、shijimiさんが指摘されているように、「自分達の手で変えていく」ことが一番近道なのかもしれませんね。

  • 霜月 2008年06月26日 22:25

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