2008年07月31日
戦後日本の高度経済成長を検証する No.3 ~朝鮮特需による外貨獲得~

シリーズ「戦後日本の高度経済成長を検証する」第3弾!!
第1弾第2弾に続いて、今回は、1949年4月の単一為替レート(一㌦=360円)から「ドッジ不況」によって停滞した日本経済が、その後、どのようにして経済成長を掴むことができたかの序章です。
日本経済が、大きく躍進するきっかけとなったのは「外貨」獲得ができるようになったからです。
というのも、戦後の日本は物資もインフラも整っていない非常にビンボーな状況でした。
生産力(労働力)を付けようにも、その原資が不足しており、海外から輸入しようにも、当時は外国に払えるほどの「外貨」準備が少なく、調達は非常に困難でした。
そのため、「外貨」獲得によって、輸入が可能となり、国内需要を潤おすことに繋がります。
では、ここで問題です!!
「外貨」獲得のきっかけとなった出来事は大きく2つあります。その2つとは、一体、なんでしょうか?
では、答えを発表します。
それは大きく以下のようになります。
①アメリカの援助と世界銀行の融資
②朝鮮戦争(朝鮮特需)
①のきっかけは、アメリカが共産主義国(ソ連・中国)に対する対立拠点として日本を位置付けたことから始まります。この方針転換によって、日本は単なる植民地として民主化・非軍事化されるのではなく、経済の復興と自立を支援することで国力をつけさせようと意図されました。具体的には、アメリカからの無償援助や世界銀行からの融資によって、物資や資金を確保することが可能となり、その運用益によって「外貨」を獲得することができました。この詳細については、次回以降の投稿で紹介したいと思います。
今回は、「外貨」獲得のきっかけ②の「朝鮮戦争」について検証してみます。
■朝鮮戦争(朝鮮特需)って?
朝鮮戦争は1950~53年に韓国と北朝鮮の間で行われた戦争ですが、両国を支援する形で多くの国々が参加しています。
韓国側:アメリカ・オーストラリア・イギリス・ベルギー
北朝鮮側:中国・ロシア
この時、アメリカから戦争に必要な物品・サービスなどが大量に日本へ発注され、この戦争によって得られた需要を「朝鮮特需」と呼びます。ちなみに、この特需(1950‐1953年)の内訳は以下のようになっています。
①物資:8.3億ドル1位:兵器
2位:トラック,自動車部品,石炭
3位:繊維製品や食料品
4位:家具や有刺鉄線,ドラム缶②サービス:4.7億ドル
上位:戦車,艦艇などの軍事輸送関係修理や自動車修理
建設・電信電話・荷役,倉庫参考:日銀《貿易及び貿易外便覧》(1959年12月)
ピーク時には輸出総額の3分の2,外国為替受取高の4割近くの割合を占めていた。朝鮮特需
この朝鮮戦争は、継続性のない短期的なもので、高度成長に寄与していないとの声もありますが、当時の日本の商品は、国際競争力に乏しく、輸入はあっても、欲しがる人がいないので、輸出が非常に厳しい状況でした。そのため、「外貨」獲得は、大きな意味を持っています。
これは、数字を見てもよくわかります。当時の日本の貿易収支を見ると、実はずっと赤字です。
□貿易収支(百万ドル)
1951年:-287
1952年:-408
1953年:-790
1954年:-427
1955年:-54
ちなみに、この貿易赤字は1950年~1965年までずっと続きます。
高度成長期と呼ばれる時代にもずっと赤字だった理由は2つあります。
①1ドル=360円だった
②日本製品に国際競争力が無かった
詳しくは、以下を参照します。
当時の日本は、1ドル=360円の固定相場でした。そして、ドルを基軸とするブレトンウッズ体制のもと、基本的にはこの1ドル=360円を維持するような経済運営を要求されておりました。具体的には、
設備投資が急増→景気拡大→貿易収支悪化→外貨準備減少→金融引き締め→景気後退
ということを繰り返し、360円を守るため、言い換えると経常収支の悪化を防ぐために、わざわざ金融引締めを行い、景気を悪化させていたわけです。こうした状況は、1968年頃から解消されていきます。この頃の日本には、成長率が高いにも拘わらず貿易黒字が定着するという、いわば「構造的黒字」と呼ばれる現象が認められるようになりました。その理由をひとつあげると、日本の輸出競争力がついてきたことから、1ドル=360円というのが日本の実力に比して割安な為替レートになっていたということになるでしょう。その結果、1971年にはドルの切り下げ(円の切り上げ)が行われ、1973年には変動相場制に移行することになったのです。リンク
この時代の景気後退までの一連の事象は「国際収支の天井」と呼ばれますが、要はこの当時の日本は慢性的な「外貨不足の時代」だったのです。
そのため、「外貨」を獲得できた「朝鮮特需」によって、海外からの原資獲得の可能性が開かれます。
つまり、ここが高度成長期へ繋がる一つの分岐点となっていることがわかります。
参考

- by orimex at 01:28 in 02.日本の金貸したち


コメント
高度成長期の間も、日本は貿易赤字続きだったとは意外でした。
ところで、2つめの引用の中に書いてあるんですけど、
1ドル=360円で景気拡大すると、どうして貿易収支が悪化するんですか?
外貨準備高のグラフを見ると朝鮮特需と呼ばれる1950‐1953の間にはまったく伸びが無く、貿易赤字が解消された後もほぼゼロ、1970年以降にやっとプラスに転じています。
これはなぜ?
コメントありがとうございます。
>s.tanaka
>1ドル=360円で景気拡大すると、どうして貿易収支が悪化するんですか?
これについては、詳細を今後確認していくつもりですが、引用にある「1ドル=360円を維持するような経済運営」というのがポイントだと思います。
2つ目の引用からも、高度経済成長を牽引していたのは、「内需」であることがわかります。つまり、内需に対する国内生産量を増やせば、海外からの原材料輸入が進み、輸出<輸入となって、円安=ドル高が進みます。
当然、そのままだと1ドル=400円、500円になりますが、当時は1ドル=360円を維持することが命題だったため、国内景気を冷やしてまで輸入量を減らし、強引に円高を進める政策が必要だったようです。
>匿名さん
外貨準備高のグラフを見ると朝鮮特需と呼ばれる1950‐1953の間にはまったく伸びが無く、貿易赤字が解消された後もほぼゼロ、1970年以降にやっとプラスに転じています。
これはなぜ?
これも詳細は要確認ですが、予測としては、やはり、日本製品の国際競争力が低かったからではないでしょうか。1970年代までは輸出<輸入で、外貨が全く溜まらなかったのではないかと考えられます。
これは、国際競争力が付き始めた1970年代頃からは輸出>輸入となって、外貨準備高が逆転構造になっていることからも予測できます。(国内需要が冷え込んだ可能性もありますが)
近年の日本は、輸出超過で円高を押さえるために、ドル買いを進めた結果、膨大な外貨を抱える構造になっていますので、やはり輸出と輸入の関係はポイントではないでしょうか。
是非、次回以降の投稿で解明していきたいと思いますのでお楽しみに!!
「外貨」獲得の重要性って全然分かってなかったです(@o@;
確かに、何かを輸入しようとしたら、「外貨」って必要になりますもんね☆
あと、「朝鮮特需」の時もずっと貿易赤字が続いていたというのも
びっくりでした。
次回以降も楽しみにしています☆
>mihori
コメントありがとうございます。
>「外貨」獲得の重要性って全然分かってなかったです(@o@;
あと、「朝鮮特需」の時もずっと貿易赤字が続いていたというのもびっくりでした。
実は私自身も今回このテーマで勉強し直して分かったことなんです(@o@;
今回の追求で、高度成長期の状況が少しづつ繋がるようになってきましたので、次回以降の投稿も楽しみにしていて下さいね。
そして、また気付き or つっこみコメントあればよろしくお願いします。