2009年01月28日
■日銀の金融政策が機能しないのはなんで?~資金調達方法の変化~
前稿に続き、日銀の金融政策が空振りに終わる原因について探っていきたいと思います。
遡ること1992年、日本経済はバブル崩壊を経験。日銀は多額の不良債権を抱えた銀行を救済するため、1998年のゼロ金利政策、2001年の量的緩和による思い切った戦略を展開。しかしそれ以降、政策金利は1%未満を推移し、もはや金利調整といってもノリシロが少ない状態で、日銀が持つ基本政策の無力化が目立っています。
今まで有効に機能していた金融政策が、なぜ無力化してしまったのか?
そのヒントは、企業の資金調達方法の変化にありました。
続きはポチットよろしくね
まずは、企業の資金調達方法を見る上で下記のグラフをご覧下さい。
(グラフは全て冨士通総研経済研究所:研究レポートより引用)(リンク)

1996年~2006年までの非金融部門の資金調達額の推移を取ったものですが、特に2001~2002年前後を境にして、銀行からの借入れが減少の一途を辿っていることが見て取れます。
逆に海外市場経由や直接調達の伸びが目を引きます。
次に民間非金融法人企業の金融負債残高構成比を見てみます。

1995年と2006年度の構成比を示したモノになりますが、銀行借入は約14.2%減と大幅に減少しているのに対し、株式や株式以外の証券の伸び率が大きい。
上記から言えることは、企業の資金調達方法が、銀行を介した「間接金融」での資金調達から、株式に代表される「直接金融」での資金調達に構造的な変化を遂げたということ。
となると、金利調整や公開市場調査で銀行を介して金融政策を行なう日銀の影響力も、銀行と企業の結びつきが弱まるにつれて、低下していくことは必然の流れと思われます。
ここで、銀行借入比率の低下が顕著となった2001~2002年に注目すると、橋本龍太郎内閣が取った「金融ビッグバン」という政策が浮かびます。
どうも、これが直接金融市場の拡大のきっかけとなったようです。
続く
- by wabisawa at 00:15

コメント
1979年に金融自由化が、開始されました。
その後、1996年より金融ビッグバンが始まり、金融自由化がさらに加速。
この金融自由化によって、金利や各種手数料などで競争が行われたり、消費者にとってより選択の巾が増え魅力のある金融新商品が開発された。
しかし、ハイリスクな商品も増え元本保証のない商品や運用結果については自己責任が求められるようになった。
金融自由化とは、実質産業経済から架空金融経済への移行であり、バクチ経済に他ならなかったのでしょう。
nakamuraさん、こんばんわ
低金利に加えて金融自由化が進むにつれ、一般人にも貯蓄から投資への流れが加速し、マネー経済が異様に拡大していきました。
(団塊の世代の退職増→退職金を充てにした投資信託ブームも記憶に新しいところです)
それと歩調を合わせるように、日銀政策の無力化が目立ち始めたため、金融自由化の分析は外せないと思います。
次回以降の連載にご期待下さい!