2009年11月20日
『これからの消費はどうなる?』8 ~市場を変えるチャンス~
消費シリーズの8回目は、今の世界を取り巻いている「市場」にメスを入れます。
現在の市場について考えてみましょう。そこでの基本的な仕組み(当たり前なっている事)は、より多くの製品の生産と、それを広範囲で販売して、売上を右肩上がりにする事です。ですから、企業はより多くの儲けを上げる事に必死になり、「いかに売るか」「いかに儲けを上げるか」「自分の会社の儲けしか気にかけない」という考え方が当たり前のように存在するのです。
そして「自国内で売れる可能性がないのであれば、海外に進出すればいい」と考えます。可能性を求めて挑戦しているようにも見えますが、本当は楽な方へ逃げているだけなのでは?と感じます。
一方で、政府から「デフレ宣言」がようやく出ましたが、皆さんは物価が安い事についてどのようにお考えでしょうか?海外から低価格商品が日本へ入って来ていますが、日本企業も安さを求め、生産の場、販売の場を世界へ移しています。そこには、自国でモノが売れなくなった根本的な理由を考える人はおらず、その人達の頭の使う先はあくまで「儲け」なのです。今までと同じやり方で、販売する土地をただ他へ移したという単純な仕組みがそこにはあります。
この状況に皆さんは疑問を感じませんか?そして、儲け第一が基本的な仕組みになっている、今の市場原理に何かおかしくない?という意識はありますか?私を含めた周りの仲間はこの状況に疑問を感じていますし、ここを突破する可能性を模索しています。
今回紹介する記事は食糧高騰という視点から、市場を変えるチャンスとなり得る策が紹介されています。
ありがとうございます。
るいネット「食糧高騰は脱市場をもたらす契機となりうるか」より
食糧高騰はバイオ燃料の台頭や干ばつの影響以上に先物市場への投機資金の流入の影響が主要因と言われている。 そして、その影響は飢えや貧困に苦しむ途上国に深刻な問題を引き起こし、日本でも食料品の値上げが家計を圧迫すると問題視する報道も多い。しかし、生産者の立場から見ると状況は一変する。今まで農業は市場の末席に押し込められ搾取同然の労働条件を強いられてきたが、価格高騰が生産性(労働単価)を上昇させ生活基盤を与えることで、自然収束・本源収束から生じた農業回帰を加速させる。
それは消費者にとっても食糧(+原油)インフレにより消費が抑制され、半ば強制的に必要か否かの判断を迫られる。その結果、快適・快美といった幻想製品~産業群は衰退していくであろう。
消費意識の変化は、それが潜在思念に合致していれば一過性とはならず、結果的に農業を中心とした労働集約型の生産の台頭(復活)を促し、工業生産がもたらした資本による支配を無力化する契機となるだろう。食糧高騰は、たとえ投機発であっても市場原理を変えるチャンスと言えるのではなかろうか。

価格の高騰が起こる事で人々の消費行動はどのようになるのでしょうか?
買えるモノと買えないモノが出てきます。人類が生き延びていくには!?と考えた時、最重要課題となるのは食糧確保なので、人々は半強制的に必要なモノを選びます。その状況に直面すれば、日々私たちの快適・快美欠乏をくすぐるCM、広告、雑誌による幻想価値商品などは選ばなくなります(幻想によって高額な価格となっているため)。
現在の生活を振り返ってみても、必要以上に高額な商品を何が何でも手に入れる!という意識はかなり薄れてきていると思います。私自身、刺激的な広告を見ても「本当に必要なのか?」という意識が頭をよぎります。広告、雑誌に私達が魅了される作りになっているのは、企業側が私達にお金を使わせようと、仕向けている表れなのです。
このような企業側の思惑や現実離れした価格に対して、人々の意識は乖離しており、本来の当たり前の構造・意識になっています。つまり、本当に必要なものなのか否かを考えるようになっています。
これまでの市場拡大を是とした消費意識が変わり、この変化が市場構造自体が変わる契機になり得ます。
それでは、次回もお楽しみに!
- by wacky at 23:47 in 01.世界恐慌、日本は?



コメント
かつて子どもが小学生だった頃、高額なゲーム機やソフト、高値で売買されるカードに興味…というより、強い執着を持たれ、驚いたことがある。
90年代初めの頃だった。
それを思い出した。
当時、私の狭くはあるが主婦のネットワークの中の人達は、そろそろ儲け第一の市場原理に気付き始めた感があり、大人相手に物が売れなくなったのでターゲットを子どもに移したなと確信た記憶がある。
そんなことも「お茶のみ」の際の話題になった。
私が子どもの頃は、人の家のことを持ち出して物を欲しがろうものなら「人の家は人の家、うちはうち」と一言。
それが妙に説得力があった。…がその当時、息子達に言っても納得するには足らない言葉になっていた。
子どもは、流行に敏感である。刺激にも興味を持つ。目新しいものが好き。更に情報を共有するネットワークも持っている。利用されるにはもってこいだ。
大人の意識は変えられても一旦、この儲け第一主義の市場原理にのみこまれた子どもの感覚を取り戻すのは難しい。
…と限界を感じ、1人家庭で奮闘したのを思い出して少し悲しくなった。
今や家庭レベルの考えでは子どもを納得させるのは難しい。
今、助けなければならないのは子ども達だ。
このような儲け主義に踊らされたままで大人にしてよいのだろうか。
今、せっかく大人世代が気付いているのだからそれぞれの疑問、買い控えに終らせるのではなく、新しい潮流を作りたい。
そんなことを考えた。