2009年11月15日
経済破局を突き抜けていく道標 ~潮流7:暴走する社会(特権階級の暴走と下層階級の暴走)

前回記事『潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束』より、
’90年バブル崩壊、その5年後には相次ぐ金融機関の破綻を目の当たりにして、私権の崩壊が意識されるやいなや、私権欠乏が一気に衰弱しました。1800年に亙って社会を統合してきた私権収束→私権統合という統合軸が崩壊し、人々はもはや私権の追求に収束することができなくなったのです。
私権統合の崩壊によって、それまで自己中(自我)を抑えていた私権規範も崩壊し、むき出しの自我が社会に蔓延していきます。今回は、『統合軸を失った社会がどのように暴走しているのか』を見てみます。
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ありがとうございます。
るいネット『潮流7:暴走する社会(特権階級の暴走と下層階級の暴走)』からの引用です。

私権原理が崩壊し、社会が統合軸を失うと、歯止めを失って社会は暴走してゆく。無差別殺人やモンスターペアレンツの登場もその一例であるが、最も恐ろしいのは、社会を統合する役割を担っている特権階級の暴走である。経済危機が生み出す危機感は、現体制の上位の者≒特権階級ほど切実であり、強い。従って、目先の制度収束は、上位≒特権階級主導で形成されたと見るべきだろう。
実際、授業や試験に収束しているのは、上位の子供たちである。何よりも、特権を維持するために自分たちに有利な制度を作って格差を拡大し、身分を固定させてきたのは、専ら特権階級の仕業である。
大多数の私権意識が薄れていく陰で、ひとり権力喪失の危機感を募らせた特権階級は、その飼い主たる金貸しや国際企業を含む自分たちの特権を維持するために、優遇税制をはじめ様々な特権制度を強化し、その結果ますます格差を拡大させ、身分を固定化させてきた。

とりわけ、団塊世代以降の特権階級は、貧困を知らず、本当の私権圧力を知らない。従って、彼らは、肉体的欠乏に発する本当の目的意識を持ち合わせていない。彼らは、単に試験制度発の「合格」という無機的な目的意識を植え付けられてひたすら試験勉強に励み、「特権」を手に入れた連中である。しかも彼らの大半は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指してきたので、その前提を成す枠組みそのものを疑うという発想が極めて貧弱である。 従って、彼らは社会に出てからも、ひたすら既存の枠組みの中で走り続けることになるが、もはやそこでは、既存制度によって与えられた特権の維持と行使という目的以外の目的意識など生まれようがない。 かくして、団塊世代が幹部に就いた’00年以降、彼ら特権階級はひたすら与えられた特権を行使し、次第に「社会を動かし」「世論を動かし」ているという支配の快感に溺れてゆくようになって終った。それだけではない。危機に脅えた特権階級は、アメリカの力に拠り縋り(その結果、アメリカの言い成りになって)中立公正も何もない露骨な偏向・煽動報道によって小泉フィーバー、郵政選挙を演出し、更には検察とマスコミが一体となって、鈴木宗男、佐藤優、植草一秀、小沢秘書etcの政敵を失脚させてきた。 これは、麻薬中毒よりももっと恐ろしい、権力の自家中毒である。

改めて、我々は、私権時代の遺物である試験制度の恐ろしさを、もっと真剣に考える必要があるだろう。この目先の試験制度収束は、新たな学歴身分と格差の拡大を生み出し、特権階級を暴走させただけではなく、ネットという闇空間での誹謗中傷や無差別殺人etc下層階級をも暴走させてきたからである。 とりあえず、ペーパーテストの比重を半分以下に低減させるetcの応急措置が急がれる。又、ネットから闇住人を締め出す措置も急がれるだろう。しかし、根本的には、私権原理に代わる新たな統合原理=共認原理が確立されない限り、社会の暴走は続くことになる。

しかし、このように暴走を続ける社会の深層では、生存圧力を脱した人々が充足や安定を求めて、共認収束の大潮流が形成されています(潮流3参照)。こうした大衆の意識と逆行した特権階級の暴走ぶりに、国民がとうとう判決をくだしました。
次回は、「自民党は、なぜ見限られたのか?」にご期待ください。
<さらに詳しく勉強したい方へお勧め記事>
☆『学校教育~能力主義・偏差値の弊害~』(>るいネット)
☆『子どもにとって、「遊び」は最大の学習課題』(>家庭を聖域にしてはいけない)
☆『9/23「なんでや劇場~意識潮流(過去~現在~近未来)レポート2」』(ブログ
de なんで屋 @東京)
☆『なんで屋劇場レポートその1「暴走する構造⇒私権絶対の法制度と圧力低減」』(>ブログ de なんで屋 @東京)
- by watami at 23:38 in 07.新・世界秩序とは?



コメント
公開されている、キャリア官僚の出身大学のデータ。
【国家Ⅰ種試験 大学別合格者数 2006年】
1.東京大学 457人
2.京都大学 177人
3.早稲田大学 89人
4.慶応大学 73人
5.北海道大学 62人
6.九州大学 59人
7.東北大学 48人
8.東京工業大学 46人
9.立命館大学 44人
10.大阪大学 44人
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=219479
こんなものかなって感じだが、「試験制度を勝ち抜いた」ひとたちが日本を動かしているのが現実。
政権交代したというだけでは抜本的な変化は期待できないと思えてくる。
最近の若者に顕著なのが、自ら判断できないということ。さらに言えば課題を発掘できないと言うこと。
試験制度というレールに乗っかることだけを親からは要求され、それに素直に従って成人になったは良いが、社会に出たら即座に教科書に乗っていないことに直面する。
本来なら、まず人に聞く、自分で分かるところまで調べる、などの行動に移れば少なくとも一歩は前進するのだが、ここでまたその課題の先に人との充足がないものだから、エネルギーが続かないのだ。
試験制度発の無機的な目的意識からは、人の期待に応えて課題解決に向かうエネルギーなど生まれないのだ。
支配の快感に溺れて暴走するのは、無機的な目的意識の背後に、自我が温存されていたからでは?
仲間との充足体験が貧弱なまま大人になったからこそ、官僚に就いた彼らが“国民”を仲間と認識できず、支配すべき(自我を満たすべき)対象として見下してしまうのではないだろうか?
仮面貴族さん、どんぐりさん、Yさんコメントありがとうございます。
仲間関係が築けず、勉強しかできない試験人間の弊害は、特権階級だけでなく、身近な社会人でも目につきます。
るいネットでも、「試験制度の恐るべき弊害」というトピが出来ているので、お勧めです。
http://www.rui.jp/ruinet.html?t=300&o=10521&k=1