2010年01月08日
商品市場の背後に性市場あり(5)
前回(商品市場の背後に性市場ありー4)は、近代思想の正体を暴いていきました。
これまで、学校で教えられてきたことと全く違う姿(正体)が浮かび上がりましたね。
今回は、その近代思想によって社会全体が染め上げられ、市場が拡大していく中で、どのように社会が変質して行ったかを明らかにしていきます。
引き続き、実現論 第二部 :私権時代 より リ.性権力と市場主義・民主主義を見ていきます。
既に見てきた様に、市場の真の支配者は性権力者=性本階級である。しかも、性本階級は要求するだけであって、現実に市場を拡大していったのは資本階級と生産階級である。
性本階級の権化?ポンパドール婦人
この内、資本階級(貴族や地主や大商人。私権の共認によってその財=権力を保障された階級)は、その権力=財の拡大を市場拡大に委ねられており、市場拡大は性市場の主たる性権力者の思し召しに委ねられている。従って、資本階級(国家階級)は、性本階級(性権力者=女たち)の意に従わざるを得ない。
資本階級の象徴?ロスチャさん
資本もなく、私権の強制圧力に追い立てられて働くしかない生産階級が、資本階級の、従って性本階級の意に従わざるを得ないのは当然だが、それ以前に、彼らはそもそも性市場において性権力者の意に沿うべく完全に懐柔されて終っており、だからこそ進んで市場の囚人となった階級である。性権力者に迎合し、その思い込み共認によって囲い込まれた囚人は、もはや市場から出ることを許されず、市場の中でひたすら利益競争と疎外労働に励むしかない。
生産階級:例えば、工場労働者
市場が拡大するなかで、社会には3つの階級が登場していたんですね。市場を現実に拡大していった資本階級と生産階級(労働階級)については学校で教えられました。しかし、資本階級のさらに上位(市場の背後)に階級が存在していたんですね。それが、市場の真の支配者たる性本階級。ここがポイントです。
そもそも女王バチ(性的商品価値)に群がる働きバチ(生産者)という性市場のパラダイムを母胎にして、その上に物的商品価値⇒賃金労働という同じパラダイムを重ねたものが、商品市場である。
大衆消費社会の主力商品=「三種の神器」は誰のモノ?
従って、性市場(性本階級の要求)を母胎にして市場を拡大していった資本階級と生産階級は、性本階級の意に従わざるを得ないのであって、彼らが恋愛と市場拡大(市場主義)の共認に引き続いて、自由主義・個人主義を錦の御旗として掲げたのは当然である。従って、重ねて言うまでもないが、自由・個人主義とは性闘争→性市場→市場拡大を正当化する為の欺瞞観念であり、突き詰めれば性権力を正当化し、拡大する為のイデオロギー以外の何物でもない。
自由・個人主義を体現する国:アメリカ!!
市場の中でしか生きられなくなった資本階級と生産階級(男たち)は、自分の思うとおりに(自由)、自分のために(個人)思う存分稼げるように、自由主義・個人主義に貫かれた社会を創っていきました。しかし、それは、市場の背後にいる性本階級(女たち)の意のままに進んでいたのでした…というのが真相でした。
しかし、性市場→商品市場を拡大するには、自由主義・個人主義だけでは不充分である。資本階級が市場を拡大し、富を拡大する為には、邪魔な束縛(ex. 身分制や通行手形)を断ち切る為にも、有利な利権(税制や商権、更には財投や戦争利権)を手に入れる為にも、国家権力を掌中にする必要がある。しかも、資本階級は少数だが、バックには市場拡大を求める圧倒的な性本階級と、彼女らに懐柔された生産階級がいる。そこで資本階級が打ち出したのが、旧支配階級(身分制の王侯・貴族)を打倒する主権在民の主張、つまり民主主義である。そして、既に性市場で新たな権力を握っていた性本階級(と彼女らに迎合する生産階級)の支持を得て、資本階級のブルジョワ革命(市民革命)は成功する。
旧支配階級は退場!(フランス革命=市民革命)
確かに、民主主義は資本階級が打ち出したものであるが、しょせんそれも豊かさと性権力の拡大を要求する性権力者たちの手の平の上で踊らされたものでしかなかった事が、その後、次第に明らかになってゆく。
なんと、近代市民革命、主権在民、民主主義までもが、性本階級(女たち)の意に沿ったものでした!!
…続く
- by wyama at 19:37 in 07.新・世界秩序とは?
大衆消費社会の主力商品=「三種の神器」は誰のモノ?
旧支配階級は退場!(フランス革命=市民革命)
コメント
中世から近代までの市場拡大の歴史をおさらいする機会があったのですが、市場拡大とは「略奪」の歴史だったというのが実感です。十字軍しかり、大航海時代しかり。
その原動力となっているのは、為政者や権力者(教皇や市場の支配者)、ひいては大衆のあくなき私権獲得(我が身の利益確保)の欠乏といえるのですが、「私権」を美化した観念が「自由、個人、権利」といった近代思想ですね。
その中には「恋愛」も含まれていて、それらの始まりはルネッサンスの「ヒューマニズム(人間主義)」。恋愛至上主義が結果的に性権力を肥大させたことは、世の男性には異論のないところでしょうが、大きな声ではいえない事実ですね。うかつには口にできないほどタブー化していることが、「権力化」していることの証左なのですが、あまりにも身近な権力なので、(男も女も)意外と無自覚だということも一端自覚すると怖ろしい世界に思えてきて・・・・でも逆らえないという気持ちになってしまうことが最強権力のゆえんかと(まっこと怖ろしや、性権力・・・)
コスモスさん、コメントありがとうございます。
言われるとおり、男たちは自ら望んでその気になってきたと思っていましたが、その背景に「性権力」が存在していたのは間違いありません。
最近、そのことがあからさまになってきていると思います。
「草食男子」とやや微妙なネーミングがされていますが、豊かな時代に生まれ育った若者たちをみているとまさに実感します。
また、ほんの200年ぐらい時代をさかのぼるだけで、日本社会には全く違った豊かさと充足に満ちた社会があったことに気がつきます。
これまで、私たちの頭の中を染め上げてきた、もはや時代遅れの価値観念を捨てて、改めてどんなことが本当に充足できることなのか、みんなはどんなことを求めているのか、内なる声に素直に従ってみることが大事だと思っています。