2010年03月12日
「お金の本質に迫る」9 ~金為替本位制→変動相場制→投機マネー~

前回のmarumoさんのエントリーでは、銀行という存在が、「硬貨預かり所」から「債務からマネーを創造する」錬金術師さながらの立場に変身し、そして中央銀行という仕組みを実現して通貨の供給量を差配するまでに至った経緯を勉強しました。
これまでシリーズ第1回目の「お金の起源」以来、歴史を遡ってきましたが、いよいよ今回は、第二次世界大戦以降という、わりと近い時代の「お金の歴史」について扱います。
☆前回までの記事はこちらから☆
「お金の本質に迫る!」8 ~債務からマネーを創造~
「お金の本質に迫る!」7 ~ユダヤ人による金融市場の構築~
「お金の本質に迫る!」6 ~紙幣の起源・中央銀行・金本位制の崩壊~
「お金の本質に迫る!」5~貨幣戦争という名の外国貿易~
「お金の本質に迫る!」4~イスラムが生んだ商人国家~
「お金の本質に迫る!」3~国家と貨幣の関係~
「お金の本質に迫る!」2~市場拡大の原動力~
新シリーズ「お金の本質に迫る!」1~お金が生まれてきた背景~
「お金の歴史」③ 金為替本位制~変動相場制~投機マネー(るいネットより)
「日本人が知らない 恐るべき真実」からの引用です。◆金為替本位制
第二次世界大戦は膨大な物資の消耗戦となり、広大な国土に豊富な資源を持つ米国は、その資源の供給国となりました。戦後、全世界の70%、約22000t(全盛期の英国でさえ1000tといわれる)もの金が米国に集まっていたことが決め手となり、ブレトン・ウッズ会議で「米ドルのみが金と交換可能で、他国のお金は米ドルと交換できる」という金為替本位制がとられることになります。
◆変動相場制
しかし、米国は1960年代にベトナム戦争での大量支出や、対外的な軍事力増強などを行った結果、大幅な財政赤字を抱えることになり、国際収支が悪化して、大量のドルが海外に流出してしまいました。米国は、金の準備量をはるかに超えた多額のドル紙幣の発行を余儀なくされ、金との交換を保証できなくなったのです。1971年、当時の米国大統領ニクソンは、ドルと金の交換停止を発表しました。これをニクソン・ショックといいます。金為替本位制は崩壊。通貨制度は変動相場制へと移行しました。
これにより、お金はこれまでの兌換券から不換券へと転換しました。お金の裏付けとなるものが何もなくなったのです。この頃からお金は糸の切れた凧のように不安定なものとなっていきます。その中でも最も重要な変化が、それまでは銀行へ預けた金貨をいつか返還してもらうための「預金者の債権証書」であった銀行券が、立場を逆転し、銀行へいつか返済しますという「銀行の債権証書」となってしまったことでしょう。すべてのお金は銀行への負債(=借金)からつくられ、銀行券は銀行へ返済する証文となったのです。
◆投機マネー
価値の裏付けを失ったお金の価値は為替市場で決められるようになりました。需要と供給のバランスによって決まる「お金の価値」は、投機的利益の道具となっていきます。そして、金という「実質的な財」の制約から解放され、単なる数字となったマネーは、コンピューターの発達に乗って、利益を求め世界中を駆けめぐるようになります。
投機とは、将来の価格変動を予想して、現在の価格との差額を利得する目的で行われる商品や有価証券などの売買のことです。その基本は、安い時に買って高い時に売る。価格変動がなければ利益がでませんし、変動幅が大きければ大きいほど巨額の利益を獲得するチャンスとなります。一般の生活者からみれば、お金の価値は変わらず安定していた方が良いのですが、投機家にとっては変動しないと困るわけです。
そして、巨額な資金を持つ機関投機家は、為替市場を操作することができます。実体経済からかけ離れ巨大に膨れ上がった投機マネーは、1990年代後半に世界各国で金融危機を引き起こし、世界を新たな混乱に陥れていきました。
歴史構造を知るにつけ、様々な驚きがありますね
まず一点目は、兌換紙幣から不換紙幣への転換。金の裏付けのない、かつ「銀行への債券証書」である紙幣を、何で我々は当たり前の事のように、日常的に使っているのか?使わされているのか?
この理不尽さを、多くの人にまず知って欲しい。
二点目は、今回のお金の歴史はそのまま、アメリカの崩壊過程と一致している点で、これは大きな気づきでした。
この事は、アメリカという国は金貸したちの思惑によって造られたという事を示している様に思えます。
また「国家と市場の力関係」を探るという視点で見れば、第二次世界大戦の頃はもはや、完全に『市場>国家』という構図。(一方見逃せないのは、「投機マネー」のくだりにある金融危機以降、多大な債務を国家に尻ぬぐいさせる寄生虫のような現在の市場の姿は、記憶に留めたいところです)
さて、次回は「国債」に関連した「おカネのウソ」を扱います。
☆お楽しみに
- by saken at 23:50





コメント
>金の裏付けのない、かつ「銀行への債券証書」である紙幣を、何で我々は当たり前の事のように、日常的に使っているのか?使わされているのか?
この理不尽さには全く同感です。私たちはどうして信じ続けなければならないのか。しかし、理不尽さを感じつつも毎日お金を使用している現実にはスッキリできません。お金そのものの存在を否定視してしまうよりは、内容(使われ方)を考え直す必要がありそうですね。
>一般の生活者からみれば、お金の価値は変わらず安定していた方が良いのですが、投機家にとっては変動しないと困るわけです。
>
変動している市場の中で、利ザヤを儲けるのが投機家。いかに市場を変動させるかが大事。
ってことは、、固定相場制より変動相場制の方が良い、ということになる。
だから変動相場制にしたのでは?
投機家(金貸し)の思惑で市場、社会が翻弄されているようにしか見えません。
お金は金貸しの信用創造と中央銀行制度による発行券獲得により大きく変容しました。
そして、1971年にはお金が価値の裏づけを失ったことで、為替市場にその価値が委ねられるという不安定な存在になる。その不安定さこそが、実は投機家にとってとても都合のよい状況であるという事実。
少なくとも近代以降のお金の歴史とは、一般生活者にとって、金貸しにいいように騙され続けた歴史ともいえそうですね。
そう考えると、狡猾な金貸しの所業にはあらためて憤りを感じます。